13年7月3日
弘法筆を選ばず

ご存知のように弘法大師様は書の達人でそれにまつわることわざがあります。
標記のものと「弘法も筆の誤り」が代表的なものになると思います。
最近私のような者にも書をおっしゃっていただく方がおいでになり、私の場合は書を書くより恥をかくほうになるので戸惑います。
お断りばかりも出来ませんし、先代・先々代と何代がさかのぼってみても皆さん先師は書が上手なものが残っています。私の曾祖父の根来山座主をお勤めになった辨龍大僧正の書は斬新さと繊細さがミックスされたほれぼれする書です。
頭を掻き掻き道具を用意してたまに書かせていただいておりますが、先代は基本的に上手だったので筆もそんなに上等ではなくごく普通に売っている物を使ってました。私もそれを見習って同じ程度の物を使っておりました。
先日デパートの催事場で筆の特別な販売をされていました。なにげなく見て歩いてますと一本の筆が気になって試し書きが出来るということで試させてもらいますと、今まで自分が使っていた筆とは太さは同じぐらいなのに全く書き味が違い、なんか上手に書けるような気がしたので値段を見ますと普段使用の物より三倍くらいは高いのですが買ってしまいました。
翌日試し書きをしてみましたら、なんか前とは違う筆致になりちょっと良くなったような気がしました。(自画自賛)
この瞬間に頭をよぎった言葉が「弘法筆を選ばず」でした。お大師様はどんな筆でも素晴らしい書を書かれたことだと思います。それに比べて自分はちょっと上等の筆を使うと上手くなった様に思う。だいたいお大師様と自分を比べること自体が不遜ではあります。
「凡人は筆を選ぶ」が結論かなと思います。

山主

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