11年11月30日
選択

誰も自分の親を選んで生まれてくることは出来ません。また親も子を選ぶことは出来ません。
この間大阪の町中で台車を引いてその上に空き缶をビニールの袋に詰め込んでいる男性が私の前を歩いていました。その台車の横に犬が紐につながれて同行していました。犬はだいぶ痩せて目に力がありませんでしたが、その男性には忠実に付き添い男性が自販機の横の空き缶を捨てる箱の中をチェックしている間はじっと座って見守っているように見えました。犬も飼い主を選ぶことは出来ません。しかし飼い主は犬を選ぶことは可能であります。
選ぶことが出来る者はその分大きな責任を負う必要があると思います。
昨今、子供を虐待し死に至らしめる事件を多く散見します。子供は選ぶものでは無く授かるものです。人として子供の成育には大きな責務があってしかるべきものでたとえ自らの子供でなくても愛おしむべきと考えます。
選べるという事は貴重な事です。人生で選択をしなければならないシーンは多々出てきますし、それによってその後の人生が大きく変わってしまうこともあります。人によっては「人間の定めは決まっていて岐路に立っても右左迷っても同じ道に通じている。」おっしゃる方もあります。
私は運命は切り開くものと思っております。知恵を絞り惜しまぬ努力の上にあると思います。
師僧が「大事な決断を下す時には一息ついて手のひらを見ろ。」と昔言っておりました。未だになぜ手のひら見るのかは分かっていませんが、とにかく冷静になれと言うことだと思います。

山主

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