10年11月24日
ジャップ

「ジャップ」ご存じの様に日本人を侮蔑した英語の呼び名であります。
過日テレビ番組でアメリカへの日本人移民の想像を絶する苦労がドラマとして放映されていました。言葉もわからず寄る辺も無い外国に移民として赴く不安と希望が混在した心情は計り知れないものです。それにも増して日米には戦争という深い悲しみの時代がありました。いくら努力をしてもジャップジャップと馬鹿にされ嫌われても懸命に生きていかなければならない日系移民の姿は心痛むものでした。一世の方は自ら望んで移民となられましたがアメリカで生まれた二世の方々の苦難はアメリカの国籍を持ちながらアメリカ人とは認めてもらえない日々が長くありました。

今から30年近く前になります。当時の住職(現長老)に会いたいと急に受付に来られた方がありました。私が応対に受付に行きましたらテンガロンハットをかぶって、まさしく正統派のウエスタンスタイルの姿の初老の男性がおられました。ご用件を伺いますとその方はアメリカ人二世でお爺さんがアメリカに渡るお父さんに渡されたお守りに六波羅蜜寺の名前が入っていたのでお参りに来たとのことでした。お守りはもうボロボロになっていましたが確かに六波羅蜜寺の名前が入っていました。(お守りというよりお札のような形だったと思います。)そこへ住職が戻りましたので書院に通っていただいてお話をされていました。少々私も一緒にお話を聞いておりました。その方のお父さんが移民としてアメリカに行かれ農園で働き戦争時には収容所に入れられ偏見や差別は日常茶飯であらゆる辛酸を舐めたお話をされました。しかしその様な逆境の中で日本人は助け合い必死で働き、徐々に社会に理解され受け入れられようになった。そしてこうして日本にも来られるようになりアメリカで幸せに暮らしている。
その内容はテレビのドラマとあまりによく似ていましたので思い出してしまいました。しかし私がその時に今はもう偏見によって辛い目に合われることは少なくなったのしょう?というような事を聞きましたらその方は「口には出さなくても心の中でジャップと言っているような人はまだまだたくさんいます。」と言われました。その方の少し悲しい顔は忘れられません。
その方はその後2・3年に一度は来られていました。
残念ながらその後の消息はわからないままです。

山主

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